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 Vol.1 校長からご挨拶

 <Vol.2-19>

 Vol.20 昔の話

 Vol.21
  スミスと私とヘドン(1)


 Vol.22
  スミスと私とヘドン(2)


 Vol.23
  スミスと私とヘドン(3)


 Vol.24
  スミスと私とヘドン(4)




玉越アカデミー

玉越アカデミー校長室 Vol.21

スミスと私とヘドン(1)

 スミスがヘドンを扱いだしたのは1976〜1977年。私はまだ西武百貨店の釣具売り場で働いていたのですが、その時既にスミスの第一線で働いていた鈴木君(現スミス社長)によると経緯はこうです。

「その頃、ヘドンは既にオリムピック社が扱っていたのですが、駄目もとで一度聞いてみよう。と商社を通じて聞いてみたら図らずも、出しますよ。と言うOKの返事が来たので取り扱いが始まった。」そうです。

 その頃私は、ウッドクラシックシリーズやザラスプーク、ザラII,ビックバド、タイガー、スーパーソニックなどを所有していましたが、ヘドン社についての興味はそれほど有りませんでした。

 それが変化したのは、私がスミスに入社した1978年以降で、この年一緒に入社した若林 務君(現、JGFA専務理事)の影響によるところが大きいのです。


HEDDONのプラグ作りに触れた一冊
 彼はバス釣りは勿論のこと、既にバスという魚に関する知識が豊富で、私は色々な事を教えて貰いました。

また、ヘドンに対しても造詣が深く、彼の紹介で古いヘドンのカタログを一冊にまとめた

「James Heddon’s Sons CATALOGUES」

という本を手に入れ、社内でも古いヘドンの話をするようになりました。


 本物を見てみたい・・・オールドプラグの収集が始まったのは当然の流れでした。

 そうして、集まった実際のオールドプラグを通して、プラグ作りに込められた思いや、細かい気使いをさらに感じたのです。

 それを何とかその時のヘドンルアーに表現出来ないか?

と話合うようになり、これがスミスヘドンのもとになる考え方となりました。
 既に発売されていないカラーの中に欲しいカラーが沢山ある事に気付いたことで、スミスオリジナルとして復活させて発売していく事になったのです。

 さらに、1980年にミシガン州ドワジァックにあつたヘドン社を訪れてから、この流れは一層加速して、古いルアーの復刻(クローシュリンプ、ドゥワジャックスプーク、カズンII等)も手掛けるようになりました。

 当時のヘドン本社は、古い歴史を感じる蔦の絡まる美しい建物で、社内の廊下にはミリオンセラー(100万個以上売れた)となったプラグの木製ボードが飾られていました。


私たちが訪れた当時のHEDDON本社

ミリオンのパンキンシード

 工場では、初めて目にした、流れ作業で色を塗る塗装ブース。そこには米兵と結婚して米国へ渡った日本女性も働いていました。さらに、

「日本軍と戦って負傷した経験がある。」

と言って、黙々と銅版を削ってマスクを作る老人の職人技を見学。

 しかし、最も我々の心をときめかしたのは地下室でした。

 そこには年代物の机がありました。

 その引き出しを開けるとこれまた古〜いプラグが無造作に入れられていたのです。

それは、私自身も本に載っていて写真は見た事があっても、現物を見るのは初めてのプラグ達でした。

無造作に入れられたオールドヘドンプラグ達。

 壁には昔からのルアーとそのカラーチャートが何枚もの板に張り付けられて飾って有ったのです。私達は、その1枚1枚を何カットも夢中で撮影していったのです。


初めて見るルアーが一面に!

夢中になってカメラに収めたプラグ達

 帰国後、それらの写真は古いルアーの復刻や、カラーの注文に大変役立ったのは言うまでもありません。

ヘドンからの問い合わせに

「その色は地下室にある古いトピードのカラーチャートの上から4番目にあるから、それを見て下さい。」

といった具合でした。

 その頃には、昔のカラーの復刻ではなくスミスだけのオリジナルカラーを作ろう。という思いも強くなり走り出しました。

 一つは羽鳥さんにお願いして彼のオリジナルでもあるワカメカラーをマグナムトピードに塗っていただきました。
 もう一つは、校長室Vol.2でも書きましたが、お付き合いのあったデザイナー、乾孝成氏に依頼して作ってもらいました。

 それがSMBH,SMBR,SMGR の3パターンです。確かプレゼンではあと何点かあったと思いますが私はこの3点を選びました。彼の説明では、SMBHとSMBRは鳥をイメージして、SMGRは蛇をイメージしてそれをデフォルメしていって最終パターンを作った。との事でした。


1981年に初登場したスミスオリジナルカラー

 この原画はコピーすることなくヘドンに送って、戻らなかったのですが、今あれば原画との違いも分かるし、何よりスミスヘドンの貴重な資料となりましたよね。  それから、S−1〜S−6のことをもう少し詳しく話すと、S−1〜S−4までは羽鳥さんに塗っていただきましたが、S−6は私が羽鳥さんからいただいたペンシルベイトが基になっています。(校長室Vol.2に写真で紹介しています。)

 そして、S−5。実はこれタイガーの背中の模様を写したかったのです。そこで私が紙に模様をマジックで書いたのです。勿論、説明書きは付けました。

「素人が書いた絵だから、この通りに・・・という事ではなくタイガーの背中の模様を写したいのですよ。」と・・

 ところが、カラーサンプルが送られて来てビックリ、何と私の書いた模様を丸写し・・黒マジックの線もそのまま。

 しかし、カタログの撮影締め切りが迫っていて、サンプルの作り直しが出来ませんでした。私は、この色は止めようと思ったのですが、製品がちゃんとした色で入荷すればOKじゃないの!と言われてそのまま撮影したのです。(1981年カタログ)

 しかし、追い討ちをかけるように、後日入荷した商品もたいして代わり映えしない物でした。ですから私としては2年目から廃盤カラーにしたかったのですが、この色、そこそこ売れたので廃盤になりませんでした。

 こんな経緯があるので、私は今でもこの色を見ると当時の事が思い出され恥ずかしくていやになります。この原画コピーもスミスには残っていませんが、私にとっては幸いな事のように思えます。



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